障害者には安楽死か幸福を

30代で不本意でセミリタイア

弱者に対してどう対応すべきか

自分の思考の整理です。

 

自分自身は生まれつきの重度の身体障害者であり、

生きるのがつらい現実です。

 

 

低学歴、低所得層、身体障害者であり、胸をはって「自分は弱者だ」と言えると思います。最初はそんな風には思ってなかったけど、ここ数年でそう思うようになりました。

現在は消極的選択により「現実逃避」にすべてをかけることにしました。

環境にもなんとか恵まれ、それはまあまあ上手く行ってると思います。(なので現実を見ることになるはてなサービスを利用する頻度は低い)

 

そういう自分の現在のスタンスをメモしておこうと思いました。

 

大前提として弱者や不幸な者はすべて生きて救われ幸福になるべきである。

しかし科学の未発達、文化の未発達により、即座に実現は難しい。

救うことができないのならせめて死による救い、安楽死制度がほしい。これなら実現は容易なはずだろう。

 

例の事件について1人で死ねっていうような人、気持ちはわかるんだけど、たぶん安楽死制度を整えよう!とはらならいですよね。

 

相模原の障害者が殺される事件でも、気持ちはわかる人は多いんだろうし自分も実はわかってしまう部分もあるんだけど、安楽死制度を整えよう!となる人は少なそうですよね。なんでだろう。

 

いま必要としてない人でもいつ弱者になるか分からないのだから、安楽死制度は結構大事だと思うんだけど。

 

ちなみに自分は健常者のようになろうとするという無駄な努力をして疲れたので「安楽死制度を整えよう」という元気は残っていません。

現実逃避しかできません。